課文

溫かいスープ

外國語を習得することは,國際交流のための重要なツールの1つであり,外國語に精通していれば,異國の文化が理解しやすくなる。確かに,國際交流に言葉は必要だが,果たしてそれだけで十分なのであろうか。

哲學者として知られる今道友信に「溫かいスープ」と題する一文がある。自身がパリに滯在した時の體験を著したものであるが,國際交流が叫ばれる中,改めて國際性とは何かについて考えるうえで,とても貴重なエピソードである。

溫かいスープ

今道友信

第二次世界大戦が日本の降伏によって終結したのは,1945年の夏であった。その前後の日本は世界の嫌われ者であった。信じがたい話かもしれないが,世界中の青年の平和なスポーツの祭典であるオリンピック大會にも,戦後しばらくは日本の參加は認められなかった。そういう國際的評価の厳しさを嘆く前に,そういう酷評を受けなければならなかった,かつての日本の獨善的な民族主義や國家主義については謙虛に反省しなくてはならない。そのような狀況であったから,世界の経済機構への仲間入りも許されず,日本も日本人もみじめな時代があった。そのころの體験であるが,國際性とは何かを考えさせる話があるので書き記しておきたい。

1957年,私はパリで大學の講師を務めていた。しばらくはホテルにいたが,主任教授の紹介狀で下宿が見つかり,訪ねあてたところ,そこの主婦は,私が日本人だと知るや,「夫の弟がベトナムで日本兵に虐殺されているので,あなた個人になんの恨みもないけれど,日本人だけはこの家に入れたくないのです。この気持ちを理解してください?!工妊预?,私が下宿するのを斷った。しかたなく,大學が見つけてくれた貧相な部屋のホテル住まいをすることになった。

そのころの話である。私は平生は大學內の食堂でセルフサービスの定食を食べていたが,大學と方角の違う國立図書館に調べに行くと決めていた土曜は,毎晩,宿の近くの小さなレストランで夕食をとるほかなかった。その店はぜいたくではないがパリらしい雰囲気があり,席も10人そこそこしかない小さな手作りの料理店であった。白髪の母親が臺所で料理を作り,生っ粋のパリ美人という感じの娘がウェイトレスと會計を受け持ち,二人だけで切り盛りしていた。毎土曜の夕食をそこでとっていたから,2か月もすれば顔なじみになった。

若い非常勤講師の月給は安いから,月末になると外國人の私は金詰りの狀態になる。そこで月末の土曜の夜は,スープもサラダも肉類もとらず,「今日は食欲がない?!工胜嗓扔嘤嫟胜长趣蜓预盲郡Δà?,いちばん値の張らないオムレツだけを注文して済ませた。それにはパンが一人分ついてくるのが習慣である。そういう注文が何回かあって気づいたのであろう,この若い外國生まれの學者は月末になると苦労しているのではなかろうか,と。

ある晩,また「オムレツだけ?!工妊预盲郡趣?,娘さんのほうが黙ってパンを二人分添えてくれた。パンは安いから二人分食べ,勘定のときパンも一人分しか要求されないので,「パンは二人分です?!工壬辘烦訾郡?,人さし指をそっと唇に當て,目で笑いながら首を振り,他の客にわからないようにして一人分しか受け取らなかった。私は何か心の溫まる思い出,「ありがとう?!工?,かすれた聲で言ってその店を出た。月末のオムレツの夜は,それ以後,いつも半額の二人前のパンがあった。

その後,何か月かたった2月の寒い季節,また貧しい夜がやって來た?;à违靴辘趣いΔ堡欷?,北緯50度に位置するから,わりに寒い都で,9月半ばから暖房の入る所である。冬は底冷えがする。その夜は雹が降った。私は例によって無理に明るい顔をしてオムレツだけ注文して,待つ間,本を読み始めた。店には二組の客があったが,それぞれ大きな溫かそうな肉料理を食べていた。そのときである。背のやや曲がったお母さんのほうが,湯気の立つスープを持って私のテーブルに近寄り,震える手でそれを差し出しながら,小聲で,「お客さまの注文を取り違えて,余ってしまいました。よろしかったら召し上がってくださいませんか?!工妊预?,優しいひとみでこちらを見ている。小さな店だから,今,お客の注文を間違えたのではないことぐらい,私にはよくわかる。

こうして,目の前に,どっしりしたオニオングラタンスープが置かれた。寒くてひもじかった私に,それはどんなにありがたかったことか。涙がスープの中に落ちるのを気取られぬよう,一さじ一さじかむようにして味わった。フランスでもつらい目に遭ったことはあるが,この人たちのさりげない親切のゆえに,私がフランスを嫌いになることはないだろう。いや,そればかりではない,人類に絶望することはないと思う。

國際性,國際性とやかましく言われているが,その基本は,流れるような外國語の能力やきらびやかな學蕓の才気や事業のスケールの大きさなのではない。それは,相手の立場を思いやる優しさ,お互いが人類の仲間であるという自覚なのである。その典型になるのが,名もない行きずりの外國人の私に,口ごもり恥じらいながら示してくれたあの人たちの無償の愛である。求めるところのない隣人愛としての人類愛,これこそが國際性の基調である。そうであるとすれば,一人一人の平凡な日常の中で,それは試されているのだ。

『中學校國語教科書3』(光村図書)より

【注】今道友信(1922-?。〇|京都出身。哲學者。

新出語彙2

いちぶん(一文)[名] 一篇文章,一篇短文
しゅうとくする(習得~)[名?サ變他] 學會,學好
ツール[名]手段,工具
せいつうする(精通~)[名?サ變自] 精通
いまみちとものぶ(今道友信)[專] 今道友信
だいする(題~)[名?サ變自] 命題;題字
あらわす(著~)[動1他] 著述,講述
エピソード[名] 小故事,插曲,花絮
こうふく(降伏)[名?サ變自] 投降;歸降
ぜんご(前後)[名] 前后
なげく(嘆く)[動1自] 感嘆,嘆息
こくひょう(酷評)[名?サ變他] 嚴厲批評
どくぜんてき(獨善的)[形2] 自以為是,孤芳自賞
けんきょ(謙虛)[形2] 謙虛
きこう(機構)[名] 機構,組織
なかまいり(仲間入り)[名?サ變自] 參加到一伙當中,成為其中一員
みじめ[形2] 悲慘,凄慘
かきしるす(書き記す)[動1他] 記下來,寫下來
げしゅく(下宿)[名?サ變自] 在別人家中寄宿;低級旅社
たずねあてる(訪ねあてる)[動2他] 探尋到,造訪
にほんへい(日本兵)[名]日本兵
ぎゃくさつする(虐殺~)[名?サ變他] 虐殺,殘殺
うらみ(恨み)[名] 仇恨,恨,怨,不滿
ひんそう(貧相)[形2] 寒酸,破舊;貧寒相
すまい(住まい)[名] 居??;住處
へいぜい(平生)[名] 平素,平時
セルフサービス[名] 自助
はくはつ(白髪)[名] 白發
きっすい(生っ粋)[名] 地道,純粹
びじん(美人)[名] 美人,麗人
ウェイトレス[名] 女侍者,女服務員
うけもつ(受け持つ)[動1他] 承擔
ひじょうきんこうし(非常勤講師)[名] 編外講師
げっきゅう(月給)[名] 月薪,工資
かねづまり(金詰り)[名] 拮據,銀根緊縮
よけい(余計)[形2] 多余
オムレツ[名] 煎雞蛋卷
そえる(添える)[動2他] 添,附加,附上
かんじょう(勘定)[名?サ變他] 付款,結賬
もうしでる(申し出る)[動2他] 申述;提出
ひとさしゆび(人さし指)[名] 食指
くちびる(唇)[名] 嘴唇
かすれる[動2自] 壓低著(聲音),聲音嘶啞
ほくい(北緯)[名] 北緯
わりに[副] 比較
そこびえ(底冷え)[名?サ變自] 冷得徹骨,嚴寒徹骨
ひょう(雹)[名] 冰雹
ゆげ(湯気)[名] 熱氣
こごえ(小聲)[名] 小聲
とりちがえる(取り違える)[動2他] 弄錯;拿錯;理解錯
ひとみ[名] 目光,瞳孔,眸子
こうして[連] 這樣地;這樣
どっしり[副] 有分量的,沉甸甸的;穩重
オニオングラタンスープ[名] 洋蔥烤奶酪菜湯
ひもじい[形1] 餓,空腹
けどる(気取る)[動1他] 覺察,猜測到
つらいめ(つらい目)[名] 痛苦,不快
さりげない[形1] 若無其事,毫不在意
ゆえ[名] 理由,緣故
やかましい[形1] 議論紛紛;挑剔;嘈雜
きらびやか[形2] 華麗;燦爛奪目
がくげい(學蕓)[名] 學藝,文藝
さいき(才気)[名] 彩旗,才華
スケール[名] 規模;等級
おもいやる(思いやる)[動1他] 著想,體諒,體貼
おたがい(お互い)[名] 彼此,互相
じかく(自覚)[名?サ變他] 意識到,覺悟
てんけい(典型)[名] 典型
ゆきずり(行きずり)[名] 偶爾路過;迎面錯過
くちごもる(口ごもる)[動1自] 支支吾吾,欲言又止;結結巴巴
はじらう(恥じらう)[動1自他] 害羞,害臊
むしょう(無償)[名] 無償;免費
りんじん(隣人)[名] 鄰居,街坊,鄰人
きちょう(基調)[名] 基本思想;基調
こくご(國語)[名] 國語

なんの 沒什么
ねがはる(値が張る) 價高,價格貴
はなのパリ(花の~)花都巴黎
かおをする(顔をする)做出……表情,顯出……樣子

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